形式

短歌や俳句などには文字数などの決まりがある。 文字数に限って考えてみると、 一つの文字には五十音や、その濁音・半濁音・拗音などを入れると 70通りを越える音が入り得ることとなろう。 それが五七五だと17音あるわけだから、…

日本人と構造論

日本人は構造論が好きらしい。 浅田彰の難しい著作「構造と力」がベストセラーになるように、 日本人にはかなり馴染み易い考え方のようだ。 逆に、どうも西洋人には構造論が分かりにくいとも聞く。 日本人の比較対象に西欧人がよく言…

豆腐のかたち

ある小説の中に、「豆腐のかたち」という文言がでてきた。 大豆をすりつぶして煮てもただぐちゃぐちゃな無秩序なものにすぎないが、 そこににがりを加えることで豆腐のかたちとなる、 というような文章で、 これを例に、組織の成り立…

言語的思考とは?

思考するとき、頭のなかに言葉があれば、 なかなか考えがまとまらないような気がする。 言語に変換しようとすると思考は堂々巡りする。 言葉だけがぐるぐる回っている感じだ。   真剣に、一心不乱に思考しているときをふ…

先入観(あるいは奈良の大仏)

先日、「最後の一行」にまつわる雑感を書いた。 https://hashimochi.com/archives/4659 今回もそれにからむ話である。   「この本は最後の一行が面白いよ」と薦められて読んだら、 …

科学(あるいはミステリ)の嗜好

その場に存在するすべての要素がどう並ぶのか、 その関係性が五里霧中であるときに、 ものの見事に並べて見せるのが不可能犯罪型のミステリであろう。 対して、非常にきれいに(常識的に)並んでいる要素の関係性をいちど壊して、 ま…

本格ミステリとは?、その2

先日、本格ミステリについて 「謎」があり「解決」があることだろうと思う、と書いた。 これはこれで大して異論はないと思うのだが、 実は、この「定義」に当てはまらないものでも 「本格」と思えて仕方ないものがたくさんある。 む…

聴覚言語と視覚言語、その2

またしても視覚言語と聴覚言語についてである。   一般に視覚と聴覚で分けられている言語を違った見方で見たらどうなるのだろう? ってことを先日に書いた「その1」ではいいたかったのだが、 それは、とりもなおさず視覚…

マニアと素人(あるいは上達の度合い)

最近、講義や講演で人に話すことで悩んでます。 以前は、人に話すことが得意だったと思います。 一部の人からは研究館で一番説明が上手だと言われたこともありました。 しかし、最近ではどうも話すことが難しいと感じています。 話し…

聴覚言語と視覚言語、その1

これまで、視覚情報には時間を必要とせず、聴覚情報には時間を必要とする、 といった意味合いのことを書いてきた。 その延長で、視覚言語と聴覚言語についても考えてきた。 ただ、視覚言語には不必要で聴覚言語には必要であるとする議…

本格ミステリとは?、その1

本格ミステリと呼ばれる小説ほど、 読者(あるいは作者も含めて)にとって定義の異なるものはないように思う。 四の五の言わず、とにかくトリックを見せてくれ!という人もいるだろうし、 トリックよりもプロットで脅かせて欲しいとい…

時代劇をやめないで!

「京都府と京都市は7日、在京民放キー局5社に対し、 連続時代劇の継続を求める要望書を提出すると発表した」と新聞に書かれていた。 その理由に、「時代劇には衣装や結髪などの専門的なノウハウがあり、 途絶えれば日本文化を世界に…

宗教と哲学

題名は規模が大きすぎますね。 いつも通り、それほどの内容ではありません。   西洋哲学の書物を眺めてみると、 もちろんその内容にもよるのでしょうが、 キリスト教的宗教観と言うか死生観みたいなものが その底辺に横…

視覚言語と聴覚言語

以前から長い間ずっと視覚言語と聴覚言語について考えています。 当然のことですが聴覚言語の方が先に現れたのは間違いないでしょう。 そして、おそらくは記録するという意味で視覚言語が出現したと考えていいような気はします。 で、…

11月ですね

年をとるごとに一年が早く感じられると言われますが、 私は中学生の頃から同じ感覚でいるような気がします。 まず、正月が正月らしく感じられなくなりました。 だから、なんだか季節感がなくなり 気付いたら年末という年が増えたよう…