本格ミステリとは?、その1
本格ミステリと呼ばれる小説ほど、
読者(あるいは作者も含めて)にとって定義の異なるものはないように思う。
四の五の言わず、とにかくトリックを見せてくれ!という人もいるだろうし、
トリックよりもプロットで脅かせて欲しいという人もいるだろう。
実現可能生を重んじる人もいるかもしれないし、
逆に現実的ではなくともそのストーリーの中で論理が成立していれば良しとする向きもあるだろう。
人が殺されなくてはならないという人もいるかもしれない。
まあ、それでも共通して大きくくくれるのは
おそらく「謎」があり「解決」があることだろうと思う。
さて、またしても山本周五郎である。
彼の文章には犯罪など出て来ない。
しかし、彼の作品の多くは見事な本格ミステリだと思う。
例えば、「青竹」という短編をお読みいただきたい。
企みに企んだ構成、途中のどんでん返しの妙、散りばめられた謎の不思議さ、
そしてその解決方法のどれをとっても本格ではないか。
私は本を手に飲み屋へ入ることがある。
昨日も「青竹」をビアホールで読んでいた。
謎の解決とともに描き出された真実に、不覚にも涙した。
ビアホールのカウンターで目に涙をためているおっさんって
周囲から見たら異様に映るのだろうな?などと思いつつも、
こらえることができなかった。
いや、名作であった。