ディベート

先日、某テレビ番組を見ていた。参院選でボロ負けした菅首相に対して石破議員が国会で質問をしていた。2011年7月のことである。状況としては、菅首相は「参院選ボロ負けの党首」として現在の石破首相とまったく同じ状況に置かれていたわけだ。その時の、石破議員の質問が面白かった。

菅首相に向かって

「正面から答えてください。参院選の意義はなんだったのか」「政権の是非を主権者たる国民に問うた、それが参院選の意義だった」「政権を正せということが選挙の結果だった」「選挙を舐めないでください」「国民の選択なんです。主権者たる国民の選択なんです」

ここで菅首相が答弁に立った。

「許される範囲で全力をあげてこれからも取り組んでまいりたい」

石破議員は呆れたような表情で、

「言っても無駄なことはよくわかりました」「内閣はあなたの私物ではありません。当たり前のことです」「あなたの自己満足のために内閣があるわけではありません」「あなたが責任を果たしたいという思いはよくわかりました。総理の責任感もよくわかりました。私は、政治は結果責任だと思っている。国民がどう見るかなんです」「国民がどう思っているか、政治は結果責任というのはそういうこと」

巨大なブーメランが炸裂しているわけで面白かったが、特段驚きはしなかった。以前にも書いたが、現首相はディベートの人である。だから、どちらの立場に立っても真っ当らしい理屈を組み立てることができる。物事に「絶対真理」なるものが存在しないことが多い。立場によってさまざまな正当性を主張できる。そこに真っ当な理屈も組み立てられる。問題は、そこに信念があるかどうかである。私はそう思う。あるい時は右側の理屈を整然と構築し、別の時には左側の理屈を恥ずかしくもなく主張する。節操がない。いくら真っ当に聞こえる論理を並べられても、言っていることがコロコロと変わるようでは信頼されない。この人は、極左の考えにも極右の考えにも、真っ当な論理を組み立てて説明できるだろうと思う。問題は、「そういう人を信頼できますか?」に尽きる。今回の参院選で与党の敗北の原因がいろいろと取り沙汰されているし、それぞれ「そうなんだろうなあ」とも思うのだが、個人的に思ういちばんの敗因は、首相のこういう「節操のなさ」「信頼しきれない(いつか裏切られそうだ)という人格」を国民が感じ取ったことも大きいのではないのかと思う。