価値 その3

医師や弁護士などの資格はこの議論のまさに好例である。弁護士や医師など、その能力・技術や資格を生業としている人が親戚や友人にいた場合に、「親戚だから」「友人だから」と無料で専門的な相談したり技術をねだったりされることをしばしば見聞きする。医者に医療の相談をするとか弁護士に法律の相談をするとか、あるいはネイリストに無料でネイルをしてもらうとか、デザイナーにデザインをお願いするとか、それを生業としている人に対して、本来なら対価が発生する内容をあまりに無頓着に「この程度だったらいいだろう」「特に時間も迷惑もかけていないし」など自分勝手な理由づけで気楽にお願いをする。それは「問題ない」とされる場合もあるだろうし、「厚かましい」とされる場合もあるだろう。「一回くらいなら」と好意でしてもらったことを当然だと思って何度もお願いするとかなどは、しばしば「問題」になる行為であろう。なんにしても、これらは相手との関係性に完全に依存するものである。個人的な繋がりがないテレビ局・新聞社などと一研究者の間では社会通念に則って礼儀正しく振る舞うべきだろうと思う。「図々しい友人」と同じ感覚で研究者や大学教員の知識に報道機関もタダ乗りしているのだろうが、この「悪気などあろうはずもない」ところに問題点が見て取れる。要は、「敬意」が感じられないのである。

前職で、一般のお客様にレクチャーをすることがあった。実に楽しい時間であった。その時、ごく一部のお客様から、あのポスターが欲しい、あのスライドが欲しいと言われることがあった。そのポスターもスライドも、何時間もかけて作成したものである。そこに尊重の気持ちはない。貰えて当然だと思っている。このあたりが不思議で仕方ない。何でもかんでもお金に換算することは浅ましいしいじましいと私も感じる。ただ、そういう日本人の美徳を逆手にとって、相手の謙虚さに平気でただ乗りすること、それを悪いとも思わないことが、輪をかけて浅ましくていじましいと感じられるのだ。

(つづきます)