価値 その1
私の作文能力ではおそらく誤解されるのだろうなと思いながら、またまた纏まりがつかずにお蔵入りする可能性も多分にあると思いつつも少し書いてみたい。。
何から書き始めたら良いのかわからないが、ひとまず「価値」という文脈から始めたい。何かを専門的に調べているジャーナリスト(だったか?)がどこかに書いていたのだが、テレビ局から簡単に質問が来るそうだ。そのことを調べるのにものすごい歳月とお金をかけたにも関わらず、そこに土足で踏み込んで最後の収穫だけを得ようとする。もちろん無料である。尋ねる側はそれを問題だとも思っていない。あまり知られていないことかもしれないが、我々研究者(の多く)はテレビの取材を受けても報酬を得られない。取材に限らず、テレビに出演してもタダ働きである。いきなり連絡が来て、撮影スタッフが訪れて映像を撮って帰る。それが夕方のニュース番組に流れたり、あるいは科学番組になったりするのだ。上述のジャーナリストと同様に、我々研究者もその道の専門家となるために多くの時間をかけて勉学を積んできた。それにタダで乗っかってくるわけだ。もし、自分たちでそれだけの知識を得ようとすれば、どれだけの書籍をひっくり返さなければならないか、普通に考えたらわかると思う。自分たちにその知識や経験あるいは技術がない場合には外部に業務委託したりするだろう。その際には、その知識・技術などに対しては当然のごとく対価が発生する。対価とは、その能力に対して支払われるわけで、その能力や技術・知識を習得することに費やしたその人のそれまでの努力とも言い換えられる。こういう他人の「財産」にただ乗りすることに、「権利の保護」を声高に叫ぶジャーナリストや報道機関の人たちは何の疑問も感じないのだろうな。
(つづきます)