素朴な疑問

素人が感じる疑問である。

伊東市の前市長の学歴詐称問題が取り沙汰されてからかなりの時間が経った。押収拒絶権というのもこの件で初めて聞く言葉だったし、そういう権利を本来有する人がいることは理解したのだが、いくら説明されてもその権利が今回適用されることに私の理解がついていかない。いつもの、立法の哲学から逸脱したところで本来の趣旨を捻じ曲げ、屁理屈を捏ねて自分達の当然の権利と見せかけているだけにしか素人目には見えない。ただ、素人がこのあたりの理屈を捏ね繰り返してもぐちゃぐちゃになるだけだろうからまあいいとしよう。

標題の「素朴な疑問」というのは、最近新たに報じられたことに関してである。報道を事実とすれば、この前市長は卒業に必要な単位の半分程度しか取得していなかったらしい。そうであれば、卒業したと誤認できる状況にはないことはご自身が一番よくわかっているはずである。であるにもかかわらず、「卒業証書らしきもの」を市職員や議会の議長と副議長に示したということは、有印私文書「偽造」の罪に問うにはまだ証拠は足りないだろうが、「同行使」の罪は明確なように見えて仕方ない。理屈は単純で、1〜2単位の不足ではなく、「卒業できているとは到底思えない単位数しか取得していない」のである。これで、「卒業したと思っていた」とするにはかなりの無理がある。であるにもかかわらず、「卒業証書を公的に提示して卒業したと相手を誤認させる行動をとった」という行為だけで有印私文書行使の罪に問うことは理屈上は十分ではなかろうか。法律上の屁理屈はわからない。理屈をこねくり回せば黒を白にできるのかもしれない。でも、卒業していないことをご自身が理解してるのであれば、卒業証書らしきものが偽物であることはご自身が理解していると考えるのが普通の感覚だろう。その証書が、弁護士がいうように「偽物には見えなかった」くらいに精巧に作られていたとしても、半分の単位で卒業できたと考える方が不自然であろう。この辺りは当の前市長はどのように説明されるのであろうか、聞いてみたい気がする。