形態形成運動と遺伝子発現2

ゲノムに導入される変異は、正しい形態形成運動を保証するものでなければならないはずである。

それまで行なわれてきた形態形成運動を邪魔するような変異が残るはずは無い。

これが「発生拘束」という言葉で表される正体ではなかろうか?

だから、ゲノムに導入された変異というのはあくまでも結果であって進化の原動力ではあり得ないと私は考える。

ゲノムに残る進化の痕跡をみて過去の出来事を探るという手法にも本質的な限界があると考えるのはこのためだ。

 

たとえば、脊椎動物の原腸形成運動を考えよう。

当初はおそらくナメクジウオやホヤのような動きをしていたのだろうし、

その動きは両生類にも見られる。

しかし、何らかの理由で卵黄が増加すると、

まずは胚自体の体積が膨大になるし、卵黄を多く含み過ぎると細胞分裂や形態形成運動そのものを阻害する。

こうなると、形態形成に関わる遺伝子発現が正確に起こったとしても、

正常発生に求められる正しい形態形成運動が担保できない。

すると、卵黄がふえるという変異が淘汰されるか、

それとも卵黄が増えた状態でも必要な形態形成運動を引き起こすような変異が導入されるか

のふたつしか解決策は無いだろう。

そして、事実として膨大な量の卵黄を獲得した胚においては、

ゼブラフィッシュのような原腸形成運動か、

あるいは爬虫類・鳥類のような原腸形成運動をさせる変化が導入されている。

こう考えれば、おそらく形態形成に関わる遺伝子変異が先にあるのではなく、

あくまでも変異は従属的であることになるだろう。

実は、カエルにも一見ゼブラフィッシュのように見える原腸形成運動を起こす種類がいる。

しかし、その形態形成運動を慎重に見てみると、

ゼブラフィッシュとは正反対の動きをしていることが見て取れる。

この比較からいえることは、

これまで(おそらく現在でも)ゼブラフィッシュとトリの原腸形成を直接的に比較する研究者がいたが、

この比較自体に意味はなく、

実際には爬虫類・鳥類の原腸形成運動は両生類と比較されるべきものであるということである。

現実的に、多くの魚類の原腸形成運動は「両生類型」であり、

四足動物の直接の先祖とも考えられているシーラカンスやハイギョなどの原腸胚は

両生類の原腸胚にきわめてよく似ている。

むしろ、現在では魚類の代表格とされているゼブラフィッシュやメダカの方が

特有の進化を遂げて袋小路に入り込んだと考えても差し支えないと感じるくらいである。

そして、これらの変化の原動力は形態形成に関わる遺伝子の変異ではなく、

卵の大きさや細胞分裂の回数、あるいは卵黄がどの程度含まれるかなどの

「かたち」の問題が主となっていると感じるのだ。