脚本
先日来、何度か書いています映画「切腹」に関してです。
この原作を読みました。
短編で、風格の漂う綺麗な日本語で情緒豊かに描かれています。
で、当たり前のことですが映画の筋書きとはそこそこ変わっています。
ストーリー展開とは原則同じですが、
やはり映画の場合は(特にあの時代はそうかも知れませんが)チャンバラが入ります。
しかし原作は淡々と情景を描くだけで終わります。
もう一つの違いは最後の落とし方です。
これは、個人の印象では決定的に異なると思います。
私は原作の落とし方の方が好みですが、
映画としてはかなり難しいのかも知れません。
「十三人の刺客」の原作は読んでいません。
小説として存在するのかどうかも知りません。
ただ、映画は1963年のと2010年のを見ました。
これはほとんど同じと言っても問題ないくらいに
新作は前作を踏襲していると思います。
新作を作った方は「そんなことない!」とおっしゃるかも知れませんが、
これは絶対に前作に引っ張られているでしょう。
文章を書いているとわかりますが、
誰かの文章を読んでその内容を書こうとすると、
確実に前の文章に引っ張られます。
呪縛から開放されるためには、自分の中でその文章を寝かさなければダメです。
エッセンスだけを取り入れ、それも自分の頭の中で消化吸収してから
それを表現する自分の言葉にしなければ
絶対と言って良いほどに前の文章の香りが立ちます。
それを期にして、前と変えようとすればするほど
似ている部分が目立ってくるのです。
そうなったらしばらくはその話を書くことをあきらめます。
さて、「切腹」です。
もうすぐ「一命」という題目で新たに作られたこの映画が封切られます。
あまり見に行くつもりはなかったのですが、
原作を読んで、「見に行ってみようかな」という気になりました。
原作と「切腹」とでは印象が違います。
これは脚本家の力とも言って良いと思います。
だからこそ、新作の脚本を見てみたいと思うのです。
原作をどのように表現するのか?
それとも旧作の脚本に引っ張られてしまうのか?
少々興味深く感じています。