謹賀新年
今年の仕事始めです。
今年は三が日が週末に重なったのでなんだか休日を損したような気分ですが
一人で家にいても映画ばかりを見て終わるのでまあいいかなって思っています。
一発目に何を書こうかと考えましたが何も浮かびません。
そこで、理科の感覚について書く事でお茶を濁そうと思います。
昨日のニュースでプラレールの展示即売会が出ていました。
私の子供の頃からあるおもちゃで、何の工夫もありません。
ただ線路をつなげて電車のおもちゃを走らせるだけのものです。
でも、子供の頃には自分のつなげた線路に世界を見ていました。
閉じた空間を作る事で心の安定にもなったと思います。
高架などを作る際に、変なつなぎ方をしたら線路は崩れます。
このような事を繰り返し、ある構造に対する力学的な力のかかり方や
その安定な支え方などを身をもって理解したと思います。
たとえば「平成教育委員会」のような番組で
三角定規(30°60°90°)の直角の頂点に糸を結んでつり下げたら
どのような形でバランスをとるのか?みたいな問題が出て
さまざまな回答が出て来ますが、これは私にとって不思議な事なのです。
なぜなら、理屈はともかくとして三角定規をそのようにつり下げたら
このようにバランスをとるというのは直感的に分かるから
それを正反対の間違い方をする人の思考が理解できないのです。
このような直感的なものは、たとえばプラレールやブロックなどで身に付いたのではないか
そのように昨日のニュース番組を見て思い至りました。
言語の論理に関しては何度も書きましたが、
言語の論理は既に存在しているものであり、
それを人間が説明しようと文法のようなものを考えているに過ぎません。
決して文法が先に存在して、それに合う形で言語体系が作られているのではありません。
同様に、物理法則も既に決まっていて、それを説明するように
さまざまな定理や公理が存在するに過ぎないという事です。
だから、直感的に「こうなる」と分かった上でそれに合う方程式を当てはめるのが
間違えない最良の方法だと思うし、
逆に直感を無視して、すべてを理屈から導き出すと大きな間違いをするような気がするのです。
これが正しいかどうか分かりません。
ただ、なんとなく昨日のニュース番組を見ていてそんな事を感じました。