知識とは?

知識とは何かだが、普通に考えると持っている情報の質やその量を指すと思う。それはそれで間違いはない。以前に書いた「知識?」という文章にもそのような意味合いで「知識」という言葉を用いたように読み取れる。ただ、あの時に書きたかったことは少し違う。今の世の中、一つ一つの知識は探せば簡単に見つけられると思う。問題は、その「知識」が意味するところである。「なぜ授業を聞かなくてはならないのか?」でも指摘したことだが、単なる一つの事実としての知識は教科書にも参考書にも書かれている。それは辞書的な記載であって、その情報が表す最大公約数的な意味でしかない。自分とは異なる人がその事実をどのように捉えているのかが重要なのである。違う言い方をすれば、その知見や情報を、他のどの知見や情報と関連づけて意味付けしているのかによって、同じ事実であっても見え方は異なる。こればかりはいくらネットを探しても出てくるものではない。だから、特に先生や先輩など自分よりも経験を積んでいる人の言葉は重要であり、それを聞き逃すことが大いなる損失につながるということなのだ。自分の中では全く繋がっていなかったある情報と別の情報が、その人の中では繋がって理解されている。それを知った時には視界が大きく広がることがある。ある「関係性のネットワーク」と別の「関係性のネットワーク」がつながることで大きなネットワークになるし、今まで関係ないと思っていた情報同士がつながることで知識が「ワープ」するような不思議な感覚にも陥る。

知識とは、一つの要素としてア・プリオリに存在するものではない。必ず、他の要素との関係によって意味付けされ、その存在意義を持っている。存在意義は一つではない。自分が知らない新たな関係性、すなわち新しい存在意義を知ることが「知識」なのだとすら思う。だからこそ、「先人の知恵」が重要なのである。