ゲノムと記号

最初に理解しなければならないことは、記号があってそれに意味を見出すのではなく、意味を見出せるものが記号であるということである。人(脳)は、意味をなすものしか認識できない。意味とはア・プリオリに存在するものではなく、受け取り手の存在によってのみ意味が出現する。以前にも議論したことだが、化学物質たるDNAやRNAが「いつ情報(ゲノム)となったのか」については、「情報の受け取り手が出現した時」とするしかない。すなわち、情報にしても意味にしても記号にしても同じことだが、それを「意味」として受け止める主体なしに意味は単独では存在し得ない。

ゲノムの意味を考えたときに、人間が捉える意味とはその時点で人間の脳(知識・理解)が認識できる情報でしかないのだが、ゲノムの意味を考えたら、生きものの自体が認識できる記号でなければならない。あるDNA配列が意味を持つ場合、その意味とは人間が考える意味ではなく、生きものが生きていく上で、あるいは生きものが子孫を残す上で働く記号である。だから、生命維持や子孫繁栄に何らかの意味を持たないときにはDNAは記号になり得ない。ただ、気をつけなければならないことは、この場合の「意味」は人間の知識が判断するものではなく、生きもの自体が決めるものである。だから、時の常識に照らして人間が意味付けすることには注意を払う必要があるだろう。ゲノムの意味は生命現象からしか理解できないと思う。