神曲

以前に永井豪が描いた「ダンテ神曲・地獄編」を読んだ。

何と、マンガである(作者を見れば想像つくでしょうが・・・)。

「神曲にであったのは、ようやく字が読めるようになった頃の事だった」と

そのあとがきの中で永井は書いている。

字が読めるか読めないかという子供が

あんなに難解な物語を理解できる事にはっきり言って驚いた。

 

神曲は地獄編・煉獄編・天国編からなる膨大な物語だが、

その中でも永井は地獄編に「ことさら魅かれた」らしい。

さらに永井は、「その後、宗教にのめり込むようなことはなかったが、

本来ムチャクチャな性格の私が、『悪いことは絶対にしまい』と心に誓い、

まともに生きて来られたのは、

少年時代に『神曲』に触れられたことが大きかった」と書いている。

彼自身はキリスト教徒ではなく、一部の教えには抵抗感もあるようだが、

それでもこのような効果があったことは

他人と関わり合いながら社会生活を送る上での宗教のひとつの役割なのかもしれない。

 

永井が抵抗を感じた部分というのは、

「キリスト教以外の宗教を、一方的に『悪』と決めつけていること」であり、

「異教徒というだけで、地獄の業火に焼かれる」ところだそうだ。

キリスト教に限らず多かれ少なかれ宗教には排他性があると思うが、

仏教にも排他的な考え方はあるのだろうか???

ひとえに、私の浅学ゆえの無知無能によるのだろうが、

仏教の教えが他宗教を排しているようには感じないのである。

もちろん、宗派間の争いのようなことはあるのだろうが、

仏教がその教義の中で他宗教を排除する傾向があるように思えない。

もしかしたらこれは、仏教を宗教というよりはむしろ哲学大系だと思っている

私の極めて個人的な感覚に依るのかもしれない。

 

ちなみに、神曲をモチーフにミステリを書こうとしていた山田正紀が、

永井豪の「デビルマン」第4巻に解説を書いているのもなかなか興味深い。

山田正紀は、神曲の各編に見立てたミステリを3本書くつもりだったようだが、

現時点では、地獄編に相当する「神曲法廷」と、

地獄編と煉獄編の中間に位置する「長靴をはいた犬」の二作で止まっている。

続編を期待しているのだが、はたして出てくるのだろうか???

 

ところで、「何をいまさら」と言われるかもしれないが、

「デビルマン」はなかなか奥が深い。

奥が深すぎて子供の頃はよくわからなかった。

「天才バカボン」もその深さに大人になってから驚いている。

あの頃の漫画家の哲学の深さはすごいなあ。