工藤俊作さん

海上自衛隊の護衛艦「いかづち」が台湾海峡を通過したということで、中国から抗議があったそうである。

で、「いかづち」と聞けば、30年近く前に英国の”Times”に掲載された文章を思い出す。

英国の外交官であったサムエル=フォール卿は、第二次大戦当時、海軍大尉として東洋艦隊の駆逐艦に乗船していた。日本海軍との戦い(スラバヤ沖海戦)により乗っていた駆逐艦が沈没し、400名を超える乗員は漂流した。20時間時以上の漂流を経てほとんど命の限界に達していたところ、単独で哨戒していた日本海軍駆逐艦「雷(いかづち)」によって発見された。当時の英国では、「日本人は野蛮な民族だ」と思われていたそうで、フォール卿も機銃掃射を受けて全滅することを覚悟した。しかし「雷」の艦長・工藤俊作海軍中佐は、見張りを残し全艦員に全員救助の号令を下した。救助艇によって仲間が助けられている光景を見て「夢ではないかと思った」とフォール卿は回想している。搭乗員120名の駆逐艦に422名の英海軍将兵が救助された。

「雷」の艦員は、英国将兵の身体を丁寧に洗ったのちにきれいな衣服に着替えさせ、飲食も提供した。その後、甲板に集められた英海軍の士官に対して工藤艦長は敵兵の勇姿を讃え、「雷」にゲストとして迎える旨の言葉をかけた。その後、翌日オランダの病院船に乗り換えるまでの間、「豪華客船でクルージングしているよう」な厚遇を受けたと工藤艦長の墓参り後の記者会見でフォール卿は語っている。

日本軍の捕虜となった英国軍人たちが「虐待を受けた」とし、日本国に賠償を求める動きが戦後の長い間英国にはあった。天皇皇后両陛下が訪英される折に、英国内で起こっていた訪英を反対する世論や天皇陛下からの謝罪を求める声も、このフォール卿の投稿によって消えていった。

この駆逐艦「雷」の行動は米国海軍にも響いているそうだ。米海軍の機関誌にフォール卿が寄稿し、工藤艦長や帝国海軍将兵の礼儀正しい行動を称賛した。この雑誌への投稿によって、帝国海軍の流れを汲む海上自衛隊をも「同盟軍中、最も高いポテンシャルを持つ組織」として認められるようになった。この雑誌は世界の海軍で購読されているそうで、この寄稿によって世界中の海軍から帝国海軍や現在の海上自衛隊、ひいては日本人に対する敬意が高まった。一人の軍人の判断が、80年以上経った今の私たちの価値すらも高めてくれている。私たちの一挙手一投足も将来の日本国や日本人の価値につながるのだろう。そう考えると、我が身を顧みて恐ろしくも思う。

歳をとるに従って日本人の美徳に触れて涙することが多くなってきた。栗林忠道中将も杉原千畝外交官も日本人として誇りに思うし、決して忘れてはならないと考える。それにしても、工藤大尉や栗林中将、杉原外交官の話は戦後の長い間まったく語られずにいたらしい。家族すらも知らなかったと聞く。それを外国から教えられるというのも、何か政治的意図があったのか、それとも日本人の謙虚さだったのか・・・?こういう素晴らしい日本人がいる一方で、硫黄島にしてもノモンハンにしても、組織の上層部の無能さ・傲慢さが際立つ。戦艦大和を座礁させてただの砲台として利用するなどという馬鹿げたアイデアすらも真面目に議論されていたと聞く。人は上に立つとこうなってしまうのか、それともこういう人しか上にのし上がることができないのか、どちらにしてもなんとなく虚しく感じる。

もうすぐ昭和の日、昭和天皇の誕生日だからというのでもないのだが、すこし昭和に思いを馳せてみた。