採点
毎回M1を見てて(M1に限らずだが)感じることがある。最終3組に残るかどうかを決める時の採点だが、審査員が九人もいるのだったら最高得点と最低得点は削除した合計得点で判断する必要があるのではないか。というのも、最終的に数点差で順位が決まることがあるのだが、皆が94〜5点のところ一人だけ99点だったり89点だったりすると、その人の点数だけで順位が大きく変わってしまう。だから、極端な点数は除いておく方がより状況を正確に反映するのではないか、そう思ってしまう。以前は7人だった審査員が9人に増えたのだから、二人分を落としてもいいだろうし、むしろそのために人数を増やしたと考えると納得できる。
もうひとつ敗者復活戦だが、あの方式は不公平だろうと思う。勝ち抜き戦と聞けば公平に感じるが、最初に演じたコンビはあと6組に勝ち抜かないとならないが、最後のコンビはひとつに勝てばいい。本当に絶対評価で上下が決まるのであれば勝ち抜きでも構わないが、それならその都度絶対評価で数値化すればいいだけの話である。何回も前に演じたネタといま見たばかりのフレッシュなネタとを比較して公平な評価ができるとも思わない。順番を変えたら逆転することすら普通にありえるだろう。個人的な評価だが、敗者復活のミカボは、他のどのコンビよりも面白かったと思っているし、もし彼らが終盤に出てきていたら間違いなく彼らが決勝に行ったと勝手に思っている。
大学で講義をしてレポートを評価する時に、もちろん一枚ずつじっくり読んで、まずは素点をつける。なぜ「素点」なのか?最初に読んで感じた判断基準が、何枚もレポートを読んでいることで変わってくる。最初に、「あまり書けていないなあ」と思うものも、その他がもっとひどければ相対的に評価を上げなければならない。絶対評価とはいうものの、大半に「不可」をつけるわけにもいかず、やはり相対的にならざるを得ないわけだ。それに、やはり最初は基準が厳しい傾向がある。「あれも書いてほしい」「こっちにも少し触れてほしい」「この点はもう少し踏み込んでほしい」「自分の意見をもう少し強く主張してほしい」などなど期待することは多い。しかし、実際にはこちらが求めるレベルのレポートには滅多に出会わない。他のレポートを読み進めるうちに、前のレポートの良かった点に気づくこともあるし、最後の方に出てきたレポートが完璧すぎて、他のレポートの点数を落とさざるを得ないことも稀にはある。「これに満点をつけたとして、さっきのに95点はどう考えてもつけすぎかな」って感じである。同じことが漫才の採点にだって起こりうるだろう。
まあ、どんな方法を取ってもいいところもあれば悪いところもあるから「絶対」はない。ただ、その方法論を取るのであれば、その趣旨が完全に生かされなければならないと思う。そのための微調整は必須ではないだろうか。
あ、今夜はクリスマスイブですね。コンビニにケーキでも買いに行こうかな。