引き切り

包丁で食材を切る時、特に魚などを切るときには包丁を引いて切る。なぜ「引く」のかについて幾つか説明されているし、そのほとんどは間違いではないと思うのだが、でも、ちょっと気になるものもある。

細かいことはいろいろとある。端的なものとして、引くことによる「摩擦力」の効力を挙げているものに出会うが、これはむしろ逆ではないかと思う。「摩擦力」とはノコギリのようにギコギコとを引くような感覚なのだろうか。だが、ノコギリは凸凹の刃で削って切るのであって、包丁とは性質がまったく異なる。ノコギリは「抵抗力」によって削り切りするのに対して、包丁の場合は、刃の鋭さによって「抵抗」を徹底的に減らすことで食材を切っている。だから、包丁を「引く」という動作は「刃の鋭さ」をさらに先鋭にするという意味を持つ。これは精神論ではない。引く動作によって物理的に刃は鋭くなるのだ。私の作文力では説明が難しいのだが、少し書いてみる。まず、刃の断面を想像したら理解しやすいと思う。包丁をそのまま垂直に切断した断面を考えると、包丁の刃の角度そのままであろう。しかし、引いて切るときには包丁の刃が最初に当たった場所から切り終わり(刃が抜ける)のところまで数センチの距離があるはずである。だから、食材に対する刃の断面は包丁を斜めに切断したものに等しい。包丁を斜めに切断した断面を想像したら、かなり鋭角になっていることは想像できるだろう。この角度は、引く距離が長ければ長いほど鋭くなる。だから、柔らかい魚を切る柳刃包丁はあれだけ長いのである。だから、「進行方向(切りたい方向)」に包丁を動かすのではなく、包丁の動き方としては斜め方向に動かすことが正解ということになる。坂道も直登するとキツいが斜めに登るとキツさは和らぐ。直答すれば坂の角度そのままを受け止める必要がある。角度が鈍角であればあるほど(坂がキツければキツいほど)脚にかかる抵抗は増すが、斜めに登れば、それも限りなく横に歩く感じで登れば、坂の角度は限りなくゼロになるのと同じことである。同じ理屈に桂剥きがある。桂向きの時も、包丁を上下に動かしながら食材を回して切る。この上下運動も、包丁を物理的に鋭くする技術である。

さっき読んでいた書物に「え?」と思える説明がなされていたので少し書いてみた。