学生

以前に同じ内容を書いたような気もしますが

書いた人間が忘れているのだから読んでくださる方も記憶にはないでしょう・・・?

 

私の自慢の一つに学生さんがいます。

橋本は元来教育をする能力(気)がないのですが

ウチの研究室に来た学生さんは卒業時にはかなり優秀に化けてくれます。

まず、具体的に「ああしろ、こうしろ」と指導をしないので

一人で考えなければならない。

次に「何でそう思うの?」「その理由が分からない」などと思いつきの質問が容赦なく飛んできますので

それに答えなければならない。

その上で、論文を書かなければならないのです。

そりゃ、これだけのことをクリアできれば優秀にもなりますよね。

 

では、論文を書くとは具体的にどういうことなのでしょうか???

まずたくさん実験をしてその結果がたまらなければなりません。

次に何となくまとまりそうになって来たら執筆する作業に入ることとなります。

論文はもちろん英語で書きますが、論文書きは英語の能力ではありません。

むしろきちんとした論理力が要求される作業です。

まず学生さんと議論をしてから書く方向を決めますが

議論をした通りに書けたら大したもので、

書き始めたら、どうしても書けないところが出てくるのが通常です。

そこで書く方向性を変えたり、データの出し方の順番を変えたりして

その時に主張したいことが伝わりやすくなるように作っていきます。

これがなかなか分かりにくいようです。

だから、論理的に行き詰まっているのにも関わらず

自分では「表現能力」や「英語の作文能力」のせいだと思ってしまう。

論理さえきちんとできていればどんなに下手な英語でも書けます。

それに気付くまでに時間がかかるようです。

 

橋本は、最初に書いてもらった文章を読ませてもらったら口頭で感想だけを告げます。

もし何かを書いたりすれば、学生から次に帰ってくる文章は

橋本の文章になってしまうからです。

これを繰り返しても最初のうちはまったく進みません。

「もうできません」と途中で泣き出す学生もいましたが、そのまま続けました。

もちろん、結果として全員がちゃんと論文を仕上げます。

これを卒業までに何回かするなかで

学生さんたちはイヤでも実力がついてくるのです。

 

私は、ウチの研究室を出た学生は世界中どこに行っても通用すると思っています。

それは、自分で研究のプランを立てられますし

誰とでも真っ当な議論をすることが出来ます。

さらにきちんと論文を書くことが出来る。

当たり前のようですがなかなかそういう学生はいないのが実情で

そういう訳では橋本は人に恵まれて来たと言っても良いと思います。

 

教育が悪くても伸びる人は伸びるのでしょうか、

それともたまたま相性が合っただけのことなのでしょうか、

理由は分かりませんが皆さん良い研究を残して旅立ってくれました。