正義

自分にしても他人にしても、正義をかざすことって怖い。よく考えてみると、正義ってそれを考える人の数だけある。倫理観や道徳観、宗教観などは人によって違うからだ。だから、私の正義とあなたの正義は同じではない。なのに、いったん正義を振りかざすと人はもう止まらない。こちらは「正義」なのだから相手に対して何を言っても何をしても構わないと盲目的に感じてしまう。

法律は最低限の道徳と言われる。道徳観は人によって異なるのだが、どんなに考え方が異なっても「これだけは守ろうね」というお約束が法律であろう。だから、「法に触れていない」というのはダメで、人として生きるためには法を超えたところにある高い倫理観を持たなければならないと思う。ただ、それは己が信念として持つことであり、お約束を破って何らかの罰を受けることになるのであれば、それは法(最低限の道徳)によってしか裁かれるべきではない。そうでなければ、自分とは異なる他人の道徳観で裁かれることとなるし、とてもじゃないが明文化などできない。

特に互いの主張が真っ向から対立している場合には、どちらにも原則として「推定無罪」が適用されるはずだ。だから、どちらかの立場に立った正義も振りかざされるべきではないと思う。しかし、自分の考える正義に反すると思った瞬間に、「不義なのだからこいつには何をしても構わない」と考える人がものすごく多いと感じる。さらに怖いのは、その時の空気で「多数となった正義」は、ただの多数派の意見であるだけなのに、それが「絶対正義」と化してしまい、それとは異なる意見を言うと徹底的に叩かれる。いやあ、本当に恐ろしい。

こういう書き方をすると、橋本にはこのような問題行動はなく絶対的に公平中立であると主張しているように感じられるかもしれないが、御多分に洩れず、橋本も自身の価値観に照らして行動している。ということは、知らず知らずのうちに自分勝手な判断をしている可能性は十分にあり得る。というか、物差しは自分の心の中にあるのだから、自分自身では気をつけようがないことも論理的には考えられる。そう考えると「本当に怖いなあ」と思う。