日本の科学が衰退する原因は?3/3

前置きが長くなったが、ここからが本題(このタイトルで言いたかったこと)である。

一般的に研究者になろうとすると大学院に入って博士号を取得することとなる。博士号はいわば運転免許証なので、これを持っていれば世界中で研究者として迎えてくれる。逆に言えば、博士号を持たないと研究者としては認めてもらえない。大学院は5年間あるので、最短でも30歳の手前までは学費を払って学ぶ学生である。もちろん収入などあるわけもなく、親からの仕送りや奨学金で生活を維持している人がほとんどだと思う(橋本が大学院生だった35年前とは状況が違っているかもしれないので「思う」としか書けないのだが)。

来年定年を迎えるに当たってあらためて思うのだが、老後の生活のためには退職金と年金が重要な意味を持つ。基礎年金は20歳から納める義務があるのだが厚生年金は働き始めてからしか収められない。だから、多くの研究者の卵たちは30歳手前までは基礎年金しか納めていない。収入がない(低い)ため、義務である基礎年金すら納められていない人も少なからずいるようにさえ思う。では、博士号を取得したらすぐに就職できるかと言えば、よほどの幸運でもない限りそれはあり得ない。橋本の時代は国内に働き口はなかったのでもれなく外国へと向かった。もちろん最低レベルの賃金で馬車馬のように働かされる。外国にいるので国民年金も支払えない。今では国内にもかなりの職があるので外国に出る人はかなり減っていると聞くが、国内の職はあってもそのほとんどは数年間の任期付きである。そういう仕事を繰り返し業績をためていってどこかの大学あるいは研究機関のパーマネント職に潜り込めればシメたものだが、研究者予備軍の人数に対する職の数が圧倒的に少ない。

ざっとまとめると、30歳手前までは学生で無収入、30歳くらいから任期付きの職について、運が良ければ35〜40歳くらいでパーマネントの職につけるということとなる。ご存知の通り、年金はかけた期間で老後に支払われる金額が決まる。また、転職が一般的になった最近ではその仕組みも変わってきたようだが、それでも日本の退職金は勤続年数によって金額が決まる。勤続年数が2倍違えば退職金も2倍違うとはならない、2倍長く働いた人は2倍より多くの退職金をもらうことが多い。さらに、現行の法律では勤続年数が長いほど退職金にかかる税金の優遇も大きい。

さて、少し考えてみたい。本当に優秀な人材がいる。その人が老後の年金も退職金も少ない職に就こうと考えるだろうか?それ以前に、就職できるかどうかすらわからないし、就職できたとしても任期制があったりする。さらに幸運にもパーマネントの大学教員になれたとしても一般企業と比べて給料が高いとは決して言えない。ましてや他所に行けば高給が約束されているような「有能な人材」である。ちゃんとした職に就けるのが早くて35歳だとして、大卒で普通に就職をしていたら会社勤めして13年、その間にはそこそこの給料をもらい続けているだろうし、その会社でも中堅社員として会社を引っ張っているころだろう。その時に初めてまともに給料をもらえることになる。生涯年収にすればとんでもない差が生じてくるはずだ。老後のことを考えたら絶望しかないのではないか。優秀な人であればあるほど、研究者など目指さずに給料の高い大きな会社に入って自分を磨くのではないだろうか?現実問題として、この10年ほど、優秀な学生が大学院の博士課程に進まなくなっていることに象徴されていると感じるのは穿ち過ぎだろうか?

スポーツでもなんでも、裾野が広ければ広いほど水準も高くなると言われている。根性論で語る時代は過ぎた。もし科学立国を目指すなら、少なくとも若い優秀な頭脳が入りたいと感じられる「魅力ある業界」にする必要がある。それには研究環境や研究費もさることながら、第一に考えるべきことは給与などの待遇だと思う。