情報 その3
情報は時間を越えて伝達可能な何かとする。
さて、そこに意味は必要だろうか?
もちろんこれは前回の議論とまったく同じ話である。
すなわち、他の何かを作るための「情報」とすれば
それは必然的に意味を持たざるを得ない。
この視点で自己複製できる何かを情報と考えると
そこにどんな意味が成立しうるのだろうか?
こうなると「意味の意味」について議論する必要ができてくるかもしれないが
それは何度もこの欄で論じたのでひとまずは無視して先に進む。
「複製すること」という概念はもちろん物質ではない。
そして文字通り「複製すること」という日本語の意味は持っている。
では、日本語、あるいは言語体系がないときに「複製すること」という概念にどのような意味があるのか?
ここで、本論の書き始めの議論に戻ってしまう。
すなわち、日本語や原語も含め,このようなことを考えているのは人間の脳である。
だから、人間の出現以前に情報が成立したかどうかという議論に意味があるのか?である。
いやいや、これは道をはずれ過ぎるからここではやめとこう。
ただ、この議論でおそらく明らかになっていることとは、
情報が実体ではないということよりも、
情報とは概念に相当するものか?であろう。