natureの論文
科学雑誌natureに最近掲載された論文のacknowledgments(謝辞)にわたしの名前がある。
筆頭著者でもあり責任著者(corresponding author)でもある梅園良彦くんが、
この論文の執筆に悩んでいた頃にわたしのところを訪れ、
会議室に閉じこもってそこそこ長いあいだ二人きりで議論をした。
その時の議論は科学的なというよりは
論理構築の議論、物語を作るための創造的な議論が主だった。
すなわち、すべてのデータはそこにある、それをどのように見せるかという方法論だ。
わたしは、見せる順序や見せ方、あるいは見せるときの論理構成によって、
言っていることは同じであるにもかかわらず印象がまったく異なると思っている。
だから、論文をまとめる作業というのは、
仮説を立て実験をし結果を出す作業と同じかそれ以上に重要だと考えているのだ。
https://hashimochi.com/archives/3395
https://hashimochi.com/archives/3399
まあ、そんなわたしの考えを知ってか知らずか良彦くんはわたしのところにデータ持参で現れた。
わたしはゆっくりとそのデータを聞き、分からないところは事細かに質問をさせてもらった。
そして、わたしが思う「一番インパクトのある論理構成」を話したつもりである。
そのときなにを話したのかはまったく覚えていない。
だから、今回の論文に橋本の意見が全く入っていない可能性も十分にあり得る。
しかし、良彦くんはその時の橋本との時間を大切に思っていてくれたようだ。
こういうことがすごく嬉しい。
だから、「natureの電子版にわたしの名前の載った論文が掲載されている」と
しばらく言わせてもらおうと思っている。
聞いた人は「橋本の論文が掲載された」と誤解してくれるかもしれない。
それはそれで面白いではないか。
蛇足だが、上にも書いた通りこの論文の責任著者は梅園良彦くんである。
しかし、先日の新聞紙上にこの話題が取り上げられた際、
「京都大学の阿形教授の研究室」の仕事として記載がされていた。
もちろんそれは間違いではないのだが、
紙面には良彦くんの名前は一切書かれていなかった。
そこまで言う必要はないのかもしれないし、
良彦くんもそこまで望んでいないのかもしれないが、
わたしは梅園良彦の名前にはクレジットが与えられてしかるべきだろうと思う。
阿形さんは有名人だし論文の最後に名前の乗っている人が責任著者であることが多いから
新聞記者もうっかり見逃したのだろうと思うのだが、
最後までこまかな気配りをしてほしかったなあ。