しつこく・かたちか情報か?
クエン酸回路(いや、何でも良いのだが、例としてあげると)はすべての細胞で共通である。
これこそ理屈だけいえば変異を受けても一向に構わない。
クエン酸回路の普遍性をもって「すべての生物が同一祖先から発生している」などというのは
議論自体は間違えてはいないもののばかばかしい話だろう。
クエン酸回路がATPを合成する(エネルギーを作り出す)という意味においては、
別にクエン酸やクエン酸合成酵素が別のものに変わっても一向に構わない。
要は、電子伝達系に電子を渡すことができる化学反応をして、
かつ回路としてぐるぐる回るものの組み合わせであれば構わないわけで、
おそらくこの原理どおりに設計すれば、
全く別の酵素と化合物を使って人間が作ることができるだろう。
では、なぜクエン酸回路がこれほどまでに保存されているのか?
それは、クエン酸回路の構成要素が他の代謝経路にも利用されているからで、
二重三重の経路や回路に重複して用いられているために、
理論上でクエン酸回路だけが動くような変異も他の代謝経路を止めることとなり
結果として許容されないということだろう。
言い換えれば、回路自体はソフトと考えて良いだろうが、
具体的にそれを動かしている化学物質や酵素はハードである。
ソフトを動かすためにはハードにも条件があり
それがソフトによるハードの拘束となっているわけだが、
その拘束自体が何層にもかかってがんじがらめとなっているということだ。
生物の基本単位としての細胞が受けている拘束のように
ソフトを動かすために必要なハードがソフト側からのきつい拘束を受けているのが
脊椎動物の咽頭胚なのではなかろうかということである。
これまでは、発生現象の機能面の議論によって咽頭胚の意味を見いだそうとしていたのだが、
もしかしたら、もちろん最終的には機能面の議論で説明できるのは間違いないだろうが、
抽象的にソフトとハードの考えからゲノムを考えてみるのも面白いかもしれない。
ただし、ゲノムは、ソフトとハードの両面を併せ持つ上に、
ハードを作り出すと同時にソフト自身を複製させる情報を持っている。
これは情報とは言っても、ハード→ソフト→ハード・・・・・と続く(続かざるを得ない)
時間軸と空間軸を取り込んだ「三位一体」のかたちであるわけで、
ソフトとハードいう切り分け方が正しいかどうかはしっかりと見極める必要はあろうと思うのだが。
おもしろいですねえ。
誤解かもしれませんが、「多重の拘束が、かたちの共通さを保存する」、と私は読みました。
このように読んだとき、「多重の拘束」は一挙に同時に出現する必要があるように思います。
もし、時間差があると、「他の代謝経路を止めること」とはならず、
「かたちの共通さを保存する」必然性は薄まるからです。
「多重の拘束が一挙に同時に出現」するのであれば、
「クエン酸回路が最初に機能したその時点で、既に
クエン酸回路の構成要素が二重三重の経路や回路に重複して用いられた」
必要があるように思います。
でも、そんなに偶然が重なるものなのでしょうか?不思議です。
私の誤読と、それに続く勘違いなのかもしれません。
「でも、そんなに偶然が重なるものなのでしょうか?不思議です。」
いまいさんのおっしゃるのはまさにその通りでしょう。
ただ、それが当然なのだろうと思います。
というのは、進化の出来事は歴史上一回こっきりだからです。
たとえば脊椎動物の進化は歴史上一度しか起こっていない。
何万年かけて一度だけ、あるいは何億年かけて一度だけの現象であり、
天文学的な偶然が積み重なってたまたま脊椎動物が生じたということでしょう。
しかしクエン酸回路などはいかに天文学的偶然が重なっても
絶対に変化しないくらいにガチガチに固められているという感じではないでしょうか。
私のPCが調子悪くて、
「おまけで・かたちか情報か?(2013/2/22)」の方に
うまくコメントできないみたいなので、こっちに書きます。
「おまけで・かたちか情報か?(2013/2/22)」で、
多重の拘束が一挙に同時に出現する必要は必ずしもない、
という話、おそらく理解できたように思います。
でも、誤解しているのかもしれませんが、
ちょっと難しい話を含んでいるような気もします。
やや恣意的な要約かもしれませんが、
A)ランダムな変異が時間経過とともに蓄積していくことで、
多重の拘束を形成していくと考えて支障はない。
B)よって、多重の拘束が一挙に同時に出現する必要はない。
C)ただし、一旦、多重の拘束が出現した後、
かたちを変化させるためには、変異が一挙に同時に出現する必要がある。
というようにすると、A)からB)について、私は納得しました。
でも、それだったら、C)で、「多重の拘束が出現していたとしても、
かたちを変化させるために変異が一挙に同時に出現する必要は無い」ようにも感じました。
というのは、多重の拘束が出現した状態から時間反転させることを考えてみたんです。
個々のランダムな変異が発生する前後の状態は、時間反転させても、
安定性に、さほどの差はないように思います。
とすれば、多重の拘束が出現した状態から時間反転させて、
個々の変異の逆向きの変異が生じていけば、元に戻りますよね。
どんなに多重の拘束であっても、ひとつひとつ戻していけば
元に戻るのであれば、確率は非常に小さいでしょうけど、
変異を一挙に出現させずとも、かたちを変化させることは可能、
と思うんです。
すると、ガチガチに固められていると思うクエン酸回路でさえ、
長い気の遠くなるような時間を過ぎれば
変化してしまうのではないでしょうか?
「本当にクエン酸回路ってガチガチに固まっているのか?」
と思って、泥縄式に、クエン酸回路を、ちょっと勉強しました。
生物の素人の妄想そのものですが、クエン酸回路は改良の余地があると思いました。
具体的には、
「クエン酸がイソクエン酸に異性化」
して、その後に、
「イソクエン酸がα-ケトグルタル酸」
になる部分です。
自由エネルギーが、イソクエン酸はクエン酸よりも高くなっており、
ここは改良の余地があると思います。
つまり、ガチガチに固められた回路を変化させる可能性があると思います。
そんな物質があるのか全く知りませんけど、
クエン酸よりも自由エネルギーが低く、
かつα-ケトグルタル酸よりも自由エネルギーが高い物質が
存在すれば、イソクエン酸経由ではなく、そっちを通った方が、
より無駄なく、全体の反応が進むと思うんです。
自由エネルギーの損得勘定から考えた限りでは、
クエン酸回路は必ずしもガチガチではないのかもしれませんね。
たしかに共依存の関係が成立する前に時間を戻せれば変異は可能ですね。ただ、ゲノムには原則的に変異が導入されると考えられ、結果として変異が導入されていないということはなにがしかの淘汰圧がかかっていると考えます。クエン酸回路も(別にクエン酸回路にこだわる必要はないのですが行きがかり上)他の代謝経路と構成要素を共有したら、おそらく濃度や生合成経路など互いに最も節約できる条件を構築する方向に進化するはずです。これは定向進化という意味ではなく、あらゆる変異が平等に導入された中でどの変異が固定されるかを考えた場合に、生きものにとって最も経済的で有利な変異が残りやすいと考えられるからです。で、一旦共依存の関係が成立してしまえば、クエン酸回路だけ、あるいはもう一方の代謝経路だけが別の要素を用いるような変異は成立しなくなると考えられます。要するに、クエン酸回路と他の代謝経路は元々別々のかたち(関係性)であったとしても、それらがどこかで互いに依存する状態を確立した瞬間に、両者はひとつのかたちを形成すると考えられるのではないかということです。そして、いまはクエン酸回路と他のひとつの代謝経路を考えているだけですが、細胞内に存在するあらゆる代謝経路が構成要素を共有し合い、互いに依存し合ってひとつのかたちとなった場合に、それはおいそれと変化できない(というか確率論的には変化は不可能な)状況になってしまったのではないかと考えているのです。だから、クエン酸回路だけを切り離すことができればおそらく変異は容易に入るのではないかということです。で、生きもの(特に進化を)考える時には結果が正しいこととなるので、ここまで強烈に保存されているということは,何らかの強烈に強い淘汰圧がかかっていると考えざるを得ません。特に細胞内の代謝経路は、真核生物では基本的にはすべて共通な仕組みだという訳で、この事実は、今後何億年を経てもおそらく変わり得ないということを意味しているのだろうと思うのです。