細胞周期の意味 その2

「細胞周期」というから「細胞」を考えてしまうが、分化制御の文脈に限ると「ゲノム構造の状態」に意味があると考えてもいいだろう。この観点から、少し興味深い現象がある。ショウジョウバエの初期発生過程では、受精後の一定期間は核分裂だけが起こり、核だけをひたすら分裂させて「多核性胞胚」という状態を作る。一つの細胞の中に最終的に6千個の核を持つ状態である(その後にひとつひとつの核は細胞膜に包まれて「多核性」ではなくなる)。ゲノムからの遺伝子発現は多核性胞胚の後期以降となる。ある時点まで細胞膜が形成されないことにはbicoidなどの転写因子の濃度勾配に意味を持たせるために重要であるという発生学的な意義があるので、このような特徴的でユニークな発生現象を行なう選択を進化の過程で行なったのだろうが、これは大筋で見たら両生類のMBTに等しいと考えても問題ないのではなかろうか。

で、前回までの文脈から見ると、この「核の数をとにかく増やす」という行為は、同時に遺伝子発現を抑制することに密接につながる。現実的に、核の数が増える前に転写が起きれば、正確な形づくりなどできるはずもなく、核の数を増やすことと遺伝子発現を抑制することの協同が必然であることが当然であるのは明確なのだろうが、思考の順序としたらこれは逆だと思う。核(細胞)の数を増やしながら分化(細胞やゲノムの性質の変化)を行なう生物は、おそらく正常発生の過程を正確にこなせない。変わりながら二つになることはなかなか難しい(非対称分裂に関しては一つの考えはあるが、さすがにここで書くと混乱に拍車がかかるので、また後日。端的に言えば「分裂しながら変化している」のではないと考えている)。だから、そういう進化は起こせない。変異によってそういう仕組みを持った生きものは淘汰されて存続し得ないだろう。そういう過程を踏んで進化してきたからこその「必然」だと思う。

多核性胞胚の形成にしてもMBTにしても新たな遺伝子発現の抑制は「必然」なわけで、そのための制御機構が別途用意されていないと考えられてきたが、「増殖と分化は同時に両立できない」をデフォルトとすれば、特別に転写抑制機構を考える必要はない。

(つづきます)