細胞周期の意味 その1
私がしつこく信じていることの一つに、細胞周期が分化・未分化を制御するという考えがある。「細胞周期が分化を制御する」と聞くと、なんというか概念的・観念的でちょっと胡散臭くもありそうに思える。
ここで、少し違った角度から分化について考えてみる。分化とは、言ってみればこれまでとはまったく異なる遺伝子群の発現を行なうことであるとする。あるいは、これまで発現していた遺伝子群のセットの転写を抑制することであると考える。例えれば、神経細胞に分化するとすれば、神経細胞に必要な遺伝子群の発現が必須になるし、神経細胞に不要な遺伝子群の発現を抑制しなければならないことも明らかであろう。さて、ここで細胞周期について考える。細胞周期と表現しているのだが、ここで考えることは染色体の状態についてである。一般に、ある遺伝子の転写を行なう場合には、その周辺の染色体(クロマチン)構造を緩める必要がある。クロマチン構造が閉まって(締まって)いれば転写を行なうことはできない。だから、分化するということは、クロマチン構造の再構成が必須となる。細胞分裂の周期で、ただひたすらに細胞の分裂だけを進めている場合には、染色体をほどいてDNA複製を行ない、また染色体構造となって二つの細胞に分配されることを繰り返す。ひたすらにほどいて複製し、凝集させて分配することを繰り返すだけである。この際に、クロマチン構造の再構成をする物理的な余裕はない。クロマチンの再構築には物理的な変化も必要だが、化学的な修飾も必要となるのだが、これらを行なう時間的な余裕がない。もう一つ重要な点は、仮に通常のG1期でクロマチンの再構成を行なうとした場合に、クロマチンの極めて不安定な状態ができている過程でDNA複製が行なわれる危険がある。行程が正しく動いている場合にはそれでもいいかもしれないが、何かの偶然でクロマチンの再構成の進行が遅れたり、あるいは何かの偶然によってDNA複製が早まったりした場合に、安定化していないゲノムの情報を複製することとなる。これは生き物にとっては極めて危ない。だからこそ、クロマチンの再構成を行なう時には細胞周期を完全に止めておかなければならない。これが、G1期にならないと分化が起こり得ないひとつの理由だろうと思う。実際に、細胞周期の制御に関わる因子のいくつかは、クロマチン再構成に関わる因子と相互作用をすることが知られている。実験事実として、特定の細胞種への分化を誘導させる能力を有する「マスター転写因子」を強制的に発現させたとしても、その細胞がG0期に入らなければ分化は誘導されないことも一つの事実である。
(つづきます)