ソース
シニフィエが古に行ってしまっている(「しにふぃえ」と「いにしえ」で韻を踏んだつもりであって、決して駄洒落ではありません)ので、しばし横道。
これは私だけかもしれないのだが、ソースって概念は、基本的には洋食の具材の上にかかっている味の濃いものだと思っている。筆頭はウスターソースやとんかつソースなど。最近はお好み焼きやたこ焼き・焼きぞば専用のソースが売られているのだが、私はすべてとんかつソースとウスターソースで補っている。ちなみに、お好み焼きや焼きそばにはケチャップもソースと等量くらい混ぜる。とんかつソースというのだが、私はとんかつにソースはかけない。マヨネーズと和芥子である。和芥子はマヨと等量くらいつけるが、混ぜてはならない。辛子マヨネーズみたいなものが売られているが、これはもう邪道だと考えている。和芥子はあの香りがなくなってはダメだ。他にはデミグラスソース(ドミグラスって書いているのもあるがどっちが正しいのだろう?)とかベシャメルソースとかいろいろあるが、基本的には洋食である。とんかつソースは日本のものだが、そういう言い方をすれば日本で食べる「洋食」も和食である。
で、アメリカに住んでいるときに、日本のものを扱うスーパーによく行っていた。そこにいたアメリカ人がパックの寿司をカゴに入れて醤油を探していた。で、弁当のコーナーで見つけたのだろうか、日本ではよく弁当にテープで貼り付けられているような小さなパックに入ったとんかつソースを手にしていた。で、たぶん不安だったのだろう、私に「これはソイソースか?」と声をかけてきた。ソイソースはもちろん醤油のことである。で彼が手にしているのはとんかつソースだったので、私は不思議にも思わず「いや、それはレギュラーソース(普通のソース)だ」と答えた。相手の反応は、たぶん私が何を言っているのかわからなかったのだろうが、とりあえず手にしているものが醤油ではないということは私の表情から理解したようで、「サンキュー」と言って去っていった。醤油を「ソイソース」というのはわかるのだが、それは私にとっては「固有名詞」であって、「醤油を英語に直したらソイソースである」という理解にとどまる。だから、醤油は一般名詞としての「ソース」の分類には入らない。いや、もしかしたらこの表現が間違っているかもしれない。正しくは、「醤油」は、私たち日本人(私だけかも)が思う「ソース」と同じ分類に入らないのだろう。ウスターソースやデミグラスソースの一員として醤油を考える脳みそには私はなっていない。
汁もそうだ。味噌汁を「ソイスープ」というのは知っている。でも、あれをスープの一員に入れて欲しくない。同様に煮物などの汁も断じてスープではない。これは水上勉さんが名著「土を喰う日々」にも書いておられたのだが、高野豆腐を炊いたものを外国の客人にお出ししたところ、その汁にいたく感動されたようで、その汁のことを「スープ」と呼んだのだが、水上氏は断じて「それはスープではない」と譲らなかった。ちょっと考えれば、その料理の具材ではない汁のところをスープと表現したのであって、日本人が「スープ」という言葉から連想するものとは違うのは理解できる。しかし、それでも汁をスープと呼ぶことに抵抗はある(話は変わるが、食べ物をとにかく「ジューシー」というのはやめてもらいたい)。
まあ、根本的に異なるもの(自分たちの文化に存在しないもの)を、自分たちの文化にある似て非なるものに無理やり翻訳した結果としてこういう「摩擦」が生じるのは仕方ないと思うのだが、でも、やっぱり醤油はソースではないし、汁はスープではないのだよなあ。