シニフィアンとシニフィエ 番外
ちょっと横道に逸れる。
「淘汰圧」という言葉を私はよく使う。進化の基本的な原動力は、「正の選択」ではなく「負の選択(淘汰)」にあると思っているからなのだが、この言葉の使い方が他の人とは異なっているかもしれない。普通に「淘汰圧がかかる」と言われれば、「淘汰されやすくなる」と感じるのが普通かもしれないのだが、私の場合は逆の意味で使うことが多い。「その生命現象が淘汰圧によって守られている」という意味合いでつかいがちである。一つ例を挙げるとすれば、ダーウィンフィンチの嘴は淘汰圧を受けた結果である、という意味合いの物言いをする。この使い方が正しいと主張するつもりはまったくない(たぶん誤解を与えるだけの表現なのだろうと思う)。誤解を与えないためには、「淘汰圧によって積極的に維持(保存)されている」とでもしなければならないのだろうとも思うのだが、私は習慣というか癖でこういう使い方をしている。なので、これまでのあるいはこれからの私の文章を読むときには注意していただきたい。淘汰圧が強くかかるがゆえにその塩基配列が正確に維持されるということは、淘汰圧がかかっていなければ塩基配列は確率論的に変化するという感覚である。