個体発生と進化

養老孟司は個体発生を称して「進化をさせている」と言った。

これは、ヘッケルの反復説を意味しているのではなく、

養老独自の見解と言っていいのだろう。

彼の言い分はこうだ。

別に個体発生を卵からしなくたって、

プラナリアやヒドラみたいに成体を分裂させたらいいじゃないか?という疑問?に対して、

最初から発生過程を繰り返すことによって

変異の入った弱いゲノムを「淘汰」できるということだ。

 

養老の考えにはカエルの発生を見ていると特に賛同したくなる。

ツメガエルは数千の卵を産む。

そして、その多くは受精し少なくとも尾芽胚までは大差なく発生する。

しかし、オタマジャクシになった辺りから発生の速度に違いがあらわれる。

ある程度育ってくると、同時期に受精したにもかかわらず明らかに大きさが違う。

これをじっくり観察していると、

やはり小さいものは動きが悪かったり、

形態が異常だったり色が変だったりしている。

おそらくこういうのは最後まで育たないのだろうなって感じる。

これが遺伝的影響なのかは断言できないが、

まあ同じ環境で飼っているわけだから環境要因ってことでもないだろう。

おそらくは数千も子供がいたら

異常なゲノムを引き継ぐヤツが一定の確率で産まれるってことなのだろう。

 

もうひとつ、私はこちらの考え方は極力排除している方なのであるが、

でも、大きく元気に育っている個体は相対的に見て優れているように見えることから

優秀な遺伝子を獲得したのではないかとも思ってしまうのだ。

その理由は感覚的なものだが、親の遺伝子を普通に受け継ぐものは

普通に考えて大多数だろうと思う。

だから、変異を持つものの数は確率論的に見ても少ないだろう。

で、時に周囲と比べても際立って大きく育っている個体がいるのだ。

もちろん、どこかのきっかけで早く育ってしまえば

あとは何かにつけて有利に発生が進むということはあるだろう。

でも、やはりこれは優秀なゲノムの獲得ってイメージを持ち易い。

 

この議論はこれ以上はどうにも進めようがないのだが、

仮に優秀なゲノムを獲得した個体がいた場合に

それを集団に残すことができるか否かは

子供の数にも大きく影響されそうな気がする。

養老は不利な変異を淘汰する意味で個体発生と進化を結びつけた。

しかし、有利な変異が一定確率で生じたとしても

その変異は子供には残らない確率の方が高いだろう。

10の何十乗に一度の変異がたまたまある配偶子に入ったとしても、

人間だったら一生のうちにせいぜい数人の子供しか産まれないわけだから、

その変異を持つ配偶子が子孫に残る確率は限りなくゼロに近いだろう。

これは卵よりも精子を考えると分かり易い。

星の数ほどいる精子のうちのたったひとつだけが子孫へと受け継がれ、

大多数の「ゲノム」は廃棄されることを考えたら

基本的には有利不利に関わらず変異を残す可能性はかなり低いだろう。

それを多くの子供を産む生物種はある程度カバーできているような気はする。

この考えを飛躍させれば、進化速度と子孫(卵)の数ってある程度の相関がありそうだ。

 

これまで私の頭の中では卵の数の多い生物は

発生過程に問題がありその多くは成体まで育たない、

だから卵の数を増やすことで成体に進む個体を増やしているのだと思っていた。

これはたぶん間違いではない。

しかし、もう一方で個体発生過程で淘汰圧をかけているという考えも

理屈の上ではありなのかな?とも思ってしまう。