セシウム

原発事故以降、セシウムという言葉が新聞雑誌からテレビに至るまで流れている。

その認識ももはや人による差はないのだろう。

放射能汚染の度合いや広がり具合を示すと考えて大きく問題はないと思う。

海水浴場の汚れ具合の基準に「大腸菌」が用いられるようなものだ。

 

しかし、私のような古い「分子」生物学者には少々違和感はある。

それは塩化セシウムという物質を以前はよく用いていたからだ。

もちろんそれは放射性物質ではない。

放射性物質とは、天然にある原子の放射性同位体を指し、

核分裂して放射線を出すものの総称であり。

セシウム以外の原子にだって放射性同位体は存在する。

で、私たちは放射性同位体を用いる実験でリンの同位体の一つ32Pを用いていた。

しかし、これをリンとは呼ばず、「ピー32」とか「32ピー」と発音していた。

なぜなら、リンはその他にも用いることがあるからである。

ちなみに水素にもトリチウムと呼ばれる放射性同位体が存在し、

トリチウムと酸素原子からなる水を重水と呼んでいた。

核分裂(これは細胞の核)のときに重要な働きをする微小管の重合を

促進する働きが重水にはあったように記憶している。

 

逆に言えば、一般にセシウムというものの名前を呼ぶことはないからこそ、

セシウムの放射性同位元素を指して単に「セシウム」と言えるのだ。

物事に意味付けをする時にはそのものを切り取らなければならない。

非放射能を持つ(←変な日本語)セシウムと放射性セシウムが共存するところでは、

あるいは両者が別々に意味を持つところでは、

それらが切り分けられなければならない。

切り分けられるとすれば別の名付けの必要もあろう。

しかし、どちらか片方しか存在しない環境では、

別に切り分ける必要などなく単にその物質名で呼べばことは足りる。

存在しないとは、見えないものはそこにはなく、

聞こえない音はそこにはないということであり、

現実に存在しようがしまいが関係ない。

脳が認識するかしないかだけの問題であろう。

たかがセシウム、されどセシウム。

おもしろいなあ。

 

放射性同位元素をhot、非放射線の方をcoldと呼んでいた。

別に熱い冷たいのではないが、まあそれが英語の感覚なのだろう。

辛い料理もhotだった。

同じ単語を用いるからには共通する認識が根底にはあるのだろう。