パラダイムシフト

ツメガエルの原腸形成過程では中軸中胚葉はさかのぼらず、

逆に植物極を経て胚の腹側方向へ(すなわち後方へ)と伸びることは、

もう10年近く前に発表している。

私の論文では中学生にでもできるような実験で簡単に

しかし疑う余地もなくそのことが証明できたと思っているし、

実際に胚の回転を固定して撮影したタイムタプス映像を見ても、

胞胚腔の屋根の部分(胚の黒いところ)は完全に腹部となり、

また神経板は胚の植物極を中心として成立することが簡単に見て取れる。

さらには、アメリカのグループがMRIを用いて

生きたままの胚の内部の動きを撮影したが、

それでも私たちの主張を明確に支持してくれた。

 

しかし、いまでも論文や学会発表でみるツメガエルの原腸形成過程の模式図は、

古くからの教科書通り胞胚腔の屋根を裏打ちするかたちで

動物極方向へ伸びるように描かれているし、

発表者もそれに準じて議論を進めている。

何も私は自説を主張したいのではないし変わったことを言って目立ちたいのでもない。

たんに、胞胚腔を中胚葉が将来の前方部へとさかのぼるという図式が

少なくともツメガエルに関しては完全に誤りであり、

その誤った模式図の上に分子を並べたらその解釈すらも間違うことを危惧しているのだ。

ツメガエルで神経誘導が初期原腸胚で起こっているのは

マーカー遺伝子の発現で明確に分かっている。

それは単に、その時期にはすでに「オーガナイザー」が

予定神経外胚葉を裏打ちしているからに過ぎず、

遠く離れた胞胚腔の屋根の部分に遠隔操作でオーガナイザーが働きかけているのではないのだ。

だから、その後の神経領域の部域化や神経堤細胞の特異化などの議論でも、

ツメガエルの原腸形成過程の正確な動きを理解した上で

分子の働きを論じなければ意味がないと思う。

 

何十年も信じ込んできたことが180度変わった事実を受け入れられないのか、

あるいは、単に私のモデルを知らないだけなのかもしれない。

というのも、この論文は主要な雑誌にはことごとく無視され、

なんとか公表できたものなので小さな研究室では目にしないのかもしれないのだ。

しかし、実は私が論文を謹呈した研究室からの最近の論文にも

中胚葉のさかのぼりを前提として議論が進められているのだ。

 

親しい研究者は私の業績を評価してくれ、

「パラダイムシフトは必ず起こるよ」と言って下さるのだが、

なんとも空しい気分になる。