11/18 最後のレクチャー
今年の6月に東京の「たばこと塩の博物館」で1日3講演のレクチャーをしてきました。完全予約制でしたが、各回50人の定員はすぐに満員となり、定員を60に増やしてもすぐに予約は埋まりました。その後は一人キャンセルが出たらすぐに埋まるの繰り返しで、「予約を入れられなかったので聞きに行けなかった」という方からのご連絡(苦情?)も頂戴しました。1回目の予約しか取れなかった方が、「当日の会場で2回目・3回目も聴かせてもらえた。ありがたかった」とご感想の中に書いておられました。得てして、こういう無料の予約制の場合、1〜2割の欠席者は出ることが予想されるので、当日乗り込んできてもおそらく入場できるのだろうとは思いますが、確約されていないとさすがに行こうという気にはなれませんよね。こういう状況を鑑みて、たぶん定員を80にしたら80人が、90にしたら90人が予約を入れてくださったのだろうと思っています。ありがたいことです。その時のレクチャーのテーマは「科学哲学」「形づくり」「細胞周期と細胞分裂」の3つで、それぞれにさまざまなご感想を頂戴したのですが、科学哲学へのご感想に「哲学を生物と結びつけた話は理解しやすい。哲学が少し好きになった」「生物学が単に生き物の実験ではなく、自然とは文化とは等考えていくことと深く関わっていることを今さらながら再認識することができました」「「かたちとは何か」という演題から、当然発生学の話と考えていたが、良い意味で予想が裏切られ、大変面白かった」というのがあり、やはり「哲学」という単語(語感?)に抵抗があるだけで、じっくり考えたら実は面白く感じる人がたくさんいると感じました。ゲノムや進化という事柄を、論理的・哲学的な視点から見たらどういう景色が広がるのかというのが橋本がお伝えしたいことで、期待した方向に感じてくださる人が大勢いらっしゃったことは素直に嬉しかったです。
さて、そこで標題の話ですが、橋本は来年3月をもって生命誌研究館を定年退職いたします。なので、11月18日(土)に行なわれるレクチャーが研究員としての最後のレクチャーとなります。公式に皆様にお会いできる機会もこれが最後かなとも思っています。話したい内容はいろいろとあります。これまでの研究人生のご紹介とか、誰に影響を受けどのような転機があったのか、研究哲学の変遷なども含めて雑談風にいろいろとお話ししようかとも思ったのですが、あまりに個人的なことゆえ「誰が興味あんねん!(by ヤナギブソン)」と一人ツッコミをした結果、上記の理由からも「最後はやはり科学哲学でしょう」となりました。この話題も、まともに話したら丸一日あっても足りないので、月一のサロン形式で車座にでもなって皆さんと語り合えたら楽しいだろうなと以前から思っていたのですが、実現しないまま定年を迎えることとなってしまいました。そういえば、ある時のレクチャーで学生時代の研究にまつわる話をさせていただきましたが、その時に「分子生物学の黎明期の話がとても面白いのでいつかお話しします」と言い、ご感想の中に「ぜひ聞きたいです」とあったのに、その宿題もこなせませんでした。やり残した感満載ですが、またいつか機会があればお話できる時があるかもしれません。
まあ、ということで、最後のレクチャーも変わり映えしない話になりますが、興味のある方はお越しください。この話、実は「勉強の仕方」に通じるもので、個人的には中高生に聞いてもらいたいと思っていますが、「哲学」という言葉が若い人たちを遠ざけるのでしょうか、いつも大人の方しかいらっしゃいません。まだまだ修行が足りません。そういえば、昨年「水槽室見学」にお越しくださったお客様から「ゲシュタルト崩壊の先生ですよね」と言われました。仰せの意味は理解できますが、こう言われるとなんだか違う意味に聞こえてきてしまうのはなぜなのだろう・・・?
セミナー終了後は有志を募っていつもの中華屋さんで語り合うってのもアリかも知れないな。