「ツメガエルは陥入しないよ」

ツメガエルは、中軸中胚葉の頭部方向へのさかのぼりをしません。

しかし、いまだにほぼすべてと思われるツメガエル研究者が

教科書の図通りに「さかのぼる」として研究しているようです。

 

まあ、ツメガエルの原腸形成の模式図は、

実はシュペーマン以来言われてきたものと微妙に異なります。

それは、そうしなければ矛盾が生じるからなのですが、

いまでは、それが両生類のモデル的扱いを受け、

シュペーマン以来の研究成果がツメガエルの模式図で描き直されています。

実際に矛盾する点は数多くあります。

しかし、それらを指摘してももはやどうしようもないのでしょう。

 

で、なぜ真実が広がらないのかと考えた時に、

偉い先生が物知り顔で斜に構えて「陥入するよ」という態度にあると思うに至りました。

そりゃ、それに楯突こうなんて思いませんよね。

楯突くとか突かないとか言うよりも、おそらく盲目的にそちらを信じちゃう。

 

私がセミナーや講演で実験結果を丁寧に示せば皆さん受け入れて下さいます。

私のデータをご存知の方はお分かりのことと思いますが、

本当に、疑問の余地がないくらいに単純明快な結果だからです。

だから私の話のあとに、

「さかのぼる・さかのぼらない」で議論が紛糾したことはありません。

でも、その私のデータをご存知の研究室から出る論文にも

教科書の「さかのぼる」図が用いられます。

いや、これはもうどうしようもないわ。

 

いつかは真実が広まると思っていましたが、

さかのぼらない発見から13年、論文発表から10年が経っても何も変わりません。

というか、発見から論文発表までの間が長いのは、

論文の投稿に苦労したからなので、日本だけの現象ではないのでしょう。

論文は匿名のレフリーによって審査され採択の可否が決定されます。

そのレフリーのコメントを読むと、

「誰だか知らないけど、あなた私のこと嫌いでしょ?」って思えるくらいに

まあひどいことが書かれていました。

逆に言えば、論理的な反論などは皆無で、

とにかく「この論文は公表するに値しない」って結論だけがありました。

いやあ、敵はデカイ!

なんか分からないけど巨大な迷信と闘っているようです。

「科学的」なんてあたかも客観的で公平だって思える言葉ですが、

科学の世界ってすごく保守的で動かし難い大きな力の巣窟かも知れません。

 

いまはイモリの解析をしています。

当然ですが、ツメガエルでは初期原腸胚で

すでにオーガナイザーと予定神経外胚葉が接しているので

原腸形成の極めて早い段階で神経誘導が起こります。

それに比べてイモリでは教科書の図のように

中胚葉がさかのぼらなければ予定神経外胚葉とオーガナイザーが接することができない。

だから、その結果として、神経胚あたりにならないと最も早い神経マーカーは発現しません。

こんなのはすでに予想されていたことだし、その通りの結果が出るのです。

というか、ツメガエルですでにオーガナイザーが予定神経と接しているという議論自体が、

もともとのオーガナイザーを知っている人が聞いたらおかしいと思うはずです。

だって、本来のオーガナイザーは原口背唇部領域にある胚の外側の組織ですよ。

でもツメガエルでは、gscなどオーガナイザー遺伝子の発現が

原口背唇部の深域(deep layer)で起こることから、

いつの間にかツメガエルでは深域がオーガナイザーとなってしまった。

だから、わざわざ「陥入」しなくても外胚葉には接しているということです

(でも、皆さんは「陥入する」って言っているんでしたっけ?)。

でもね、ツメガエルでオーガナイザー遺伝子として知られている遺伝子たちの発現は、

イモリではまさに原口背唇部にあるのです。

というか、初期原腸胚の断面の絵も、

いまではツメガエルの胚の模式図が使われていますが、

これは少なくともイモリの形態とはかなり違います。

 

で、面白いなあと思うことは、

イモリで実験発生学的に生じてきた疑問を論文の序論に紹介し、

その疑問を「解決した」としてツメガエルの実験が公表される。

これについては詳細に検討したわけではありませんが、

この手の研究をさかのぼってじっくりと見直したら、

実験しなくても新しい論文が書けそうだと思います。

 

なんかゴチャゴチャ書いていますが、

特に不平不満というのではありません。

なんかもう慣れてしまったので不満にすら感じない。

ただ、「これでいいのかなあ?」とは思うのですが、

まあウチで細々と実験しようと思っています。

で、このイモリとツメガルの違いについては

ある見方をすれば進化の意味合いから面白いことが分かります。

それが、ツメガエルをこのような発生様式にした理由だってのが

何となく見えてくるような気はします。

これについてはまた気が向いたら書きます。

ただ、この手の話は図を示しながらじゃないと、

私の作文能力の限界を超えるんだよなあ・・・。