私が現象にこだわる理由
私は発生学に興味を持って研究を進めていたので、まあ発生学者と自称しても許されるのだろう。ご存知の方も多いと思うが、私は分子や遺伝子に軸足を置いた発生学の研究が好きではない。この性癖のおかげで、偉い先生たちからどれだけ非難されたことかわからない。研究の話をしていても、「その分子機構は?」と聞かれる。「わかりません」と答えるのだが、その瞬間に「ああ、こいつはアカン」という目で見られる。「わかりません」ではなく「興味ありません」と答えたいところだが、これによって更なる攻撃を受ける危険があるので、とりあえず「私は怠け者なので、分子や遺伝子のところまで研究が進んでいません」と謙ってその場を凌ぐ。
「分子や遺伝子に興味がない」ということと、そのような研究を否定するのは全く違う。そういう研究に興味があるならしたらいい。特に医学的応用なら、「この分子がこういう働きをしているから」という知見が病気の治療につながるのだから、むしろ重要な意味を担っているだろう。
「私がなぜ現象に興味を持っているのか?」だが、理由は単純明快で「淘汰圧は減少にしかかからない」からである。淘汰圧は分子や遺伝子にはかけようがない。「この発生現象が保存されているのは」、その現象そのものが意味を持つからに過ぎない。その現象を支える分子機構が意味を持つわけではない。極論すれば、全く異なる分子機構が採用されていても、その現象をまっとうできうる限り淘汰圧は等しくかかるはずである。だからこそ、現象の意味を見出したいのだ。まあ、ほとんど理解されない考え方なのだが、それは仕方ない。