学習・進化・・・そしてAI (余1)

余談だが、我々が行なう英語の習得にもまったく同じことが言える。単語をひたすら覚えること、熟語や構文をひたすら覚えることによって英語が使えるようにはならないことは誰もが経験しているだろう。要は、その単語や熟語などがどのような文章の中で、あるいはどのような文脈で使われるかを知らなければ、単純に単語や熟語に意味づけはできない。これは英語に限った話ではない。生物学でも、要素(単語)を闇雲に覚えたところで何も理解できない。時空間を跨いだその要素同士の関係性を理解して初めて生物を理解する。歴史にしても、人名や事象の名前だけを記憶しても意味がない。それらがどのような時系列に従って、どのような関係性によって引き起こされたのか、そこにどういう人がどのように関わったのかを知らずに、ただ単語だけを覚えることで得られるものはほとんどないと言い切れる。脈絡もなく単語だけを覚えることは単純に非効率なのだ。

構造全体を見なければ全体像は見渡せない。要素だけを切り取って見つめたら意味は霧散する。これがゲシュタルト崩壊である。すでに構造としての意味を持ったものを習得するのに、自分自身で要素を積み重ねる方法にはまったく価値がない。AIはそれに気づいて大きく進化したのだから、そろそろ我々も勉強のやり方を根本から考え直したほうがいいだろう。