漢字とひらがな

携帯の普及からか、やたらと漢字に変換された文章を目にする。

兎に角って・・・笑いを取ろうと思っているのかな?と疑っていたけど、

本人はそのつもりは毛頭ないらしい。

なんか、普通に出会わない漢字を目にすると読めないのだ。

で、読みを調べるとどうってことのない言葉だったりする。

先日も、「躱す」って漢字の読みがまったく分からず調べたら、

「かわす」ということだった。

たしかに漢字にする方が意味が通じる場合もあるし、

時には絶妙な当て字もあるにはあるのだが、

でも、よほどの理由がない限りはひらがなにして欲しいなと思う。

「酷い」ってもの、おそらく手書きの手紙の頃には使われなかったと思うが、

最近ではメールに限らずネット上の文章では頻出している。

「いく」と「おこなう」は送り仮名を使い分けて欲しいと以前に書いたことがある。

「行く」「行う」なら分かる(でも個人的には気持ち悪い)。

でも、「行った」はどっち?ってことだ。

だから、「おこなう」と読ませたい時には送り仮名に「な」を入れて欲しい。

同様に、「酷い」は「ひどい」とも「むごい」とも読める。

そしてその二つは意味が違うから、

たしかに文脈で分からないこともないが、

できたら「ひどい」と「むごい」はひらがなで書いてほしい。

あるいは、これまた個人的にはまったく好きではないのだが、

「ひどい」なら「非道い」とし「むごい」なら「惨い」とするか。

でも、無理をしてそんな漢字をあてる必要はないと思うなあ。

だって、漢字って外来語だよ。

カタカナ語と同じってことで・・・、あっそうか、

カタカナ語も氾濫してるから同じことなのか。

たしかにカタカナ語でしかその意味を表せない言葉ってあるよな。

ア・プリオリを先験的って言ってしまったら意味不明だもんな。

まあ、なんにしても、意味をとりにくい(混乱する)書き方はやめてほしいな。

って書いたら「やめて」が「止めて」と変換されたので元に戻した。

「止めて」って書かれたら、「やめて」と言いたいんだろうと分かるけど、

瞬間的には「とめて」って読んでしまうからね。

 

まあ、どうでも良いといえばどうでもいいのだが・・・。