学習・進化・・・そしてAI その5
要素の量が知識、要素同士の関係性の形が思考であり論理である。だから、要素の量が多ければ多いほど、それらをつなぐ論理の方法論にも確率論的に幅ができる。また、同じ数の要素しか持ち合わせていなくとも、それらをつなぎ合わせる組み合わせが異なれば、思考の方法は異なってくる。5つの点(要素)を五角形に繋ぐ人もあれば星型に繋ぐ人もいる。あるいはもっと複雑な繋ぎ方をする人もいるだろう。ここで、「常識」とは異なる繋ぎ方をすれば、それが新しい思想なり哲学なりとなる。まあ、これが世にいう「天才」なのかもしれない。点の数が増えれば、互いを関係付ける組み合わせの量は必然的に増えるから、「知の巨人」が知識だけでなく、さまざまな論理や思想に長けているのも同然のことである。まあ、これらが人間の所作であろう。知識の量にも限りはあるし、それらを繋げる方法にも常識の枠組みが制限をかけたりする。この常識とは、宗教観や道徳感、あるいは言語などの影響を多大に受ける。しかし、AIはちがう。まず第一に、知識の量が桁違いに多い。この世に存在するデジタルデータのほとんど全てが知識となりうるのだが、これは人間にはほぼ不可能である。それから、その天文学的な数の知識を関係づける方法も、人間の脳には限界があるが、AIだとかなりの短時間に行なえてしまう。さらには、人間の常識からは無意識に排除するような組み合わせも、AIはとにかく試してみることで、人間には思いもつかない論理を組み立ててしまう。人間には見つけられないようなプログラムのバグだって、あらゆる可能性を試行すればどこかで当たる。これまでは、人間が書いたプログラムの中で動いていたから制御ができたのだが、とにかくあらゆる可能性を自発的に探せと命じた瞬間に、人間の制御下からは解き放たれた。これがAIなのだろう。もちろん、宗教観も倫理観も持ち合わせていない。だから、善悪の判断もない。ただただ、その問題を解くことのために最善の方法を探すだけである。他人の家に無断で入り込もうが、それを悪いこととは思っていない。ある作家の文章の癖を見抜き、あたかもその作家が書いたような新しい小説を瞬時に幾つでも作り出せる。絵画でも音楽でも、漫画だって同じこと。ということは、人間の思考の癖みたいなものも抽出されるわけで、その「癖」には、宗教観や倫理観、あるいは言語による非論理的(理屈を超えた次元での)な制約が無意識下でかかっている。その隙をつかれて想定外のことをされたら人間には立ち向かいようがない。人間は、「さすがにこれ以上やったらまずいよな」という制約がある。これを決めるのは倫理観や道徳感であり宗教であろう。AIにはその歯止めがない。理屈を超えて「やっちゃいけないことはやっちゃいけない」という人間の思考をAIは持たない。これが今まさに、オカルトやSFの世界ではなく現実問題として起こっているのだろうと思う。ただ計算能力が高いのがAIであり、そこには想像力が欠如しているのだから、人間が恐れる必要は全くない、などと悠長なことを言っている間にAIはその能力をどんどんと高めている。
考えすぎであることを望む。