鮎の友釣り (余)

先日、鮎の友釣りについて書いた。この議論だけを取り出せばそれほど間違ってはいないだろうが、ではなぜこのような習性(縄張り意識)が生まれ維持されてきたかを考えたら、やはりそこには淘汰圧から逃れる何らかの力が加わっていたのだろう。ということは、先日の議論、すなわち「友釣りを続けたら、攻撃的な遺伝子が淘汰されるのではないか」というのも再考しなければならない。もっと他にも要因はあるのだろうか、この二つに限って考えると、縄張りを作ることの有利さと友釣りによってかけられる淘汰圧のどちらが強いのかが議論される必要はあるだろう。これも、友釣りの人口によっても変わるだろうし、過去に縄張りを作る方が有利だった時期があったとしても、いまは条件が異なっているのかもしれない。

いつも、何かをきっかけに、くだらないことを考え続けているが、これが結構面白いのだ。